神の存在について(3)宇宙論的論証ー前編

宗教哲学

 

前回記事「神の存在について(2)存在論的論証」では、「神」という言葉の定義から出発して神の存在を導き出す「存在論的論証」をご紹介しました。

神の存在について(2)存在論的論証とは
今回のシリーズ記事では「神の存在」についての議論を扱っています。これは西洋の神学・哲学で発展した分野なので、基本的にはそこで出てきた議論を紹介していこうと思います。しかし西洋の議論には「多神教」についての考察が欠けているので、前回記事「神の...

 

今回はそれとは異なる神の存在論証を見ることにします。

 

宇宙論的論証とは         

 

ここでご紹介しようとしているのは「宇宙論的論証」(Cosmological Argument)と呼ばれているものです。

それは次のような議論です。

↓↓↓↓↓↓

この宇宙のすべてのものは原因があって存在している。

宇宙全体もまた原因があって存在していると考えられる。

その原因こそが「神」である。

↑↑↑↑↑↑

 

要するに「宇宙論的論証」とは、宇宙が存在する根拠として「神」を挙げる議論ですね。

すべての物事は「原因」があって存在しているが、宇宙全体については神が原因となって存在するに至ったのだというわけです。

宗教的に表現すれば「神が宇宙を創造した」ということになるでしょう。

 

科学的思考に慣れた現代人の多くは「神が宇宙を創造した? 宇宙はビッグバンから始まったのを知らないのか?」と小馬鹿にするかもしれません。

しかし宇宙論的論証を支持する人は「いや、だからそのビッグバンを起こしたのが神なんじゃないか!」と反論するでしょう。

 

宇宙論的論証はビッグバン理論よりはるかに昔からあります。

これを分かりやすくまとめたのは13世紀の大神学者トマス・アクィナス(1225-1274)だと言われています。

昔からあるのでバリエーションも決して一様ではありませんが、ここでは多くの人にとって理解しやすい現代の宇宙論とからめながら話を進めていきたいと思います。

 

世界のすべての出来事は科学的に説明できる?

 

宇宙論的論証の支持者と無神論的な物理学者との対話を想像してみると……。

↓↓↓↓↓↓

物理学者宇宙は神が創造したのではない。ビッグバンで始まったのだ。

宇宙論的論証の支持者そのビッグバンは神が起こしたのだ。

物理学者いや、ビッグバンは「インフレーション」の結果として自然に起きたのだ。

宇宙論的論証の支持者そのインフレーションを起こしたのも神だ。

物理学者いや、インフレーションは「真空のゆらぎ」の結果として自然に起きたのだ。

以下続く……

 

ここで物理学者が言いたいのは「宇宙の誕生に関わる出来事はそれより前の物理状態から物理法則に従って機械的に生じただけで『神』を持ち出す必要はない」ということです。

物理学的には、ある時点での物理状態がそのようになっている理由は「その直前の物理状態」および「物理法則」が分かっていればそこから導き出すことができます。

その過程は完全に機械的・必然的なもので、意志を持って介入するような「神」を想定する必要はないというわけです。

宇宙論的論証の支持者としてはこのような「宇宙の最初から現在までのすべての出来事は物理的な必然性だけで説明できる」という意見にどう答えるべきかが問題になります。

 

今のところ(2019年現在)「科学的に遡ることができる最初の物理状態」として一定のコンセンサスがあるのは「真空のゆらぎ」までのようです。

これは「素粒子と反素粒子が真空中で生成消滅を繰り返している状態」だと言います。それ以前のことになると科学者の間でも意見が違っていてよく分かりません。

さて上のような論争で物理学者が「真空のゆらぎ」を持ち出したとしても、それで議論が終わりになるとは思えません。

例えば「ではその『真空のゆらぎ』はどうやって生まれたのか」「素粒子や反素粒子はどうやって誕生したのか」などと、さらに時間を遡って問い続けることができるからです。

 

将来的に科学がさらに進歩して、正真正銘の「最初の物理状態」がどんなものだったのかが解明されたとしましょう。

ところがその「最初の物理状態」については、それより前の物理状態から物理法則に基づいて説明するわけにはいきませんよね。

何しろそれが「最初の物理状態」であって、それより前の物理状態などないのですから。

つまり論理的に考える限り「最初の物理状態がどのようにして準備されたのか」という問いは〈科学を超えている〉というわけなんです。

 

このように、あらゆる物事の原因を遡及していって最終的に辿り着く究極的な原因を哲学や神学ではよく「第一原因」と表現します。

そして今述べたように、この「第一原因」は僕たちが普段から目にしている物理現象とは違って科学を用いて説明することができません。

あらゆる出来事の端緒に位置するこのような〈科学を超えた〉第一原因を「神」と表現してもいいのではないか……。

これが宇宙論的論証の1つの典型です。

宇宙論的論証はこういう構造を持っているため、しばしば「第一原因による論証」という別名で呼ばれることもあります。

 

科学を超越した神秘が世界を支えている

 

昔からある伝統的な宇宙論的論証というのは上のような議論です。

しかしこの議論では宇宙そのものとは別に「時間」というものの存在がすでに前提されていますよね。また「物理法則」が宇宙を支配していることもすでに前提されていると思われます。

あらゆるものの究極原因を探るというなら「どうして時間があるのか」「どうして物理法則があるのか」ということも考えなければいけないでしょう。

したがって宇宙論的論証としてはむしろ「時間」「空間」「物理法則」などをまるごと含んだ宇宙の根本原因を「第一原因」だと考える方がよいでしょう。

この場合、宇宙の第一原因というのは宇宙空間だけではなく「時間」や「物理法則」が存在する原因でもあることになります。

 

また伝統的な宇宙論的論証では「時間が一方向へ一直線に流れること」を想定していますが、現代科学においては時間とはもっと奇妙なものかもしれないと考えられるようになっています。

時間は循環しているとか、未来が過去へ影響する「逆向き因果」があるとか、不思議な話がたくさんあって、時間の正体については一筋縄では解決できなさそうなのです。

そうだとすれば、時間を単純に遡るだけの伝統的な宇宙論的論証では第一原因に到達できないのかもしれません。

 

時間や物理法則が存在する根拠をも問うような新しい宇宙論的論証を僕は勝手に「宇宙論的論証・新版」と呼んでいます。伝統的な宇宙論的論証は「旧版」というわけです。

そしてこの新版の場合でも、やはり第一原因の探究は〈科学を超えて〉います。

なぜなら科学とは物理法則を用いて何かを説明する試みだからです。

ここで問題になっているのは物理法則が存在する理由(も含めた宇宙の存在理由)ですから、それを物理法則によって説明することはできません。

 

旧版であれ新版であれ、宇宙論的論証は少なくとも僕たちが存在しているこの宇宙の根底に「科学を超越した第一原因」「神秘」「深淵」があることを示しているのです。

宇宙論的論証の支持者はその「神秘」「深淵」「第一原因」を「神」と表現しているのですね。

 

この宇宙論的論証では確かに「神とはどのような存在であるか」を具体的に描写することはできません。

それが「聖書」や「クルアーン」に登場するような人格を持つ神と同一の存在なのかについては、ここまでとはまったく異なる議論が必要になるでしょう。

しかし「この世界の根底に科学を超えた神秘がある」ということを示しているだけでも唯物論的・無神論的な科学者にとっては十分なカウンターです。

その意味で、宇宙論的論証の持つ意義は大きいと僕は思います。

 

マルチバース論との関わり

 

最近は「マルチバース論」(多宇宙論)というのがあって「私たちの暮らす宇宙だけではなく他にも多数の宇宙がある」と説明しています。

異論もあるようなので完全に認めてよいかはまだ分かりませんが、とりあえず今はこれが正しいと仮定して議論しましょう。

このマルチバース論によれば、僕たちの宇宙も別の宇宙から枝分かれするようにして誕生したのだと考えられています。

そして数学や量子力学などを用いて別の宇宙(母宇宙)から僕たちの宇宙(子宇宙)が誕生するありさまを説明することができるというのです。

 

つまり宇宙の存在理由を物理法則を用いて説明できるわけで、先ほど宇宙論的論証・新版のところで僕が説明したような不都合は生じていないというわけです。

短絡的な無神論者なら「やはり神を想定する必要はない」と結論するかもしれません。

しかしマルチバース論であっても「1つひとつの宇宙の誕生については物理法則を用いて説明できる」ということにすぎません。

先ほどと同じく「物理法則がいかにして成立したのか」はやはり謎のままです。

そして「多数の宇宙を含んだ大空間(仮に「超宇宙」と呼びます)がいかにして誕生したのか」という問題もまた科学的考察を超えたままでしょう。

繰り返しますが宇宙論的論証は「科学を超越したものが世界の存在根拠として想定される」ということを示唆しています。

そのことはマルチバース論を考慮しても変わりません。考察の対象が「この宇宙」に留まるか「超宇宙」まで広がるかという違いがあるだけです。

反論者の中には「小宇宙の原因として母宇宙を持ち出せば神を想定しなくてすむ」と考える人もいるようなので、マルチバース論との関わりを少し述べてみました。

 

今回は宇宙論的論証の内容についてご紹介しました。

次回「神の存在について(4)宇宙論的論証―後編」では、無神論者からの宇宙論的論証への反論など、この論証を巡る話題をさらに取り上げます。

神の存在について(4)宇宙論的論証ー後編
前回記事「神の存在について(3)宇宙論的論証―前編」では、神の存在論証の1つである「宇宙論的論証」の内容についてご紹介しました。今回はこの宇宙論的論証に対する反論や問題点を取り上げてみたいと思います。宇宙論的論証の内容 ~復習~前回の復習に...

 

〈参考文献〉

  • 『「神」という謎[第二版]』(上枝美典著、2007、世界思想社)
  • 『科学と宗教』(A・E・マクグラス著、稲垣久和他訳、2009、教文館)