自由意志はない?(1)自由意志と道徳

科学哲学

 

 

NHKの「100分で名著」という番組があります。

古今東西の名著を100分で紹介する(25分×4回)というコンセプトで、僕もそれなりに好きで大体毎週見ています(再放送が多いのでそれは別ですが)。

 

そこで哲学者スピノザの『エチカ』という有名な本を扱っていました。

スピノザ(1632~1677)は17世紀のオランダで活動した有名な哲学者です。(ヘーゲルなど)ドイツ観念論やアインシュタインなんかに影響を与えたと言われています。

 

番組で紹介されていたのが「自由意志は存在しない」というスピノザの説です。

「人間は自分の意志で何かを決断していると錯覚しているけれども、自分がどう決断するのかは、それ以前の自分の気分や外部からの刺激によって決まっている」という考え方です。

 

例えば……

今日の朝食について、あなたはあなたの意志でコメではなくパンを選んだと思っているかもしれない。しかしその選択は実は、「前夜の出来事」「睡眠中の夢」「朝の部屋の明るさ」等々によってあなたが影響を受けた結果である。

あなたは自分ではそうした諸々の原因を把握して特定することができないので、何となく「あなたの自由な意思」によって決断したと錯覚するにすぎない……。

 

大体、こういう考え方です。これって現代でも一部の哲学者や科学者は真面目に主張しているんです。

スピノザはそこまで言っていませんが、現代ではこういうタイプの議論は「脳科学」と結びついてバージョンアップしていることが多いですね。

それはこんな感じ

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人間の脳内の物質や電気現象だって物理法則にしたがって機械的に動いているにすぎない。ということは、脳の状態は「その直前の脳の状態」や「外部からの刺激」によって決まる。

つまり自分がその瞬間にどんなことを考え、どんなことを意志し、どんな気分や感情になるかは物理法則によって決まるのだ。

そして(脳内にせよ脳外にせよ)直前の物理状態というのはさらにその前の物理状態によって決まる。これはどんどん遡ることができる。つまり、今の自分がどんな脳状態になるかは永遠の昔から決まっていたことになる。

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だから、こういう考えによると「自分の意志や判断は永遠の昔から必然的に決まっていた」ということになります。

「100分で名著」では「だから『自己責任論』はひどい」という風なまとめになっていました。いやはや、NHKらしいというかリベラルというか……(^^;)

 

ただ、実はこれ、かなり恐ろしいことを言っているんです。

 

僕がある瞬間に目の前の人を急にぶん殴ったとします。でもその瞬間に目の前の人をぶん殴りたくなったのは、脳状態によってそうなったんです。僕のせいじゃありません(笑)

物理法則によってそうなるしかなかったんですから。そうなることは永遠の昔から決まっていたんですから。僕に責任はないですよね?

 

結局、自由意志否定論は道徳や善悪を破滅させる思想なんです(これに反論する人もいるのでもう少し繊細な議論は要りますが)。

というわけで、もし道徳というものの意義を救おうと思ったら、自由意志否定論は何とか覆さないといけない考え方だと僕は思っています。

 

18世紀のドイツで活躍した哲学者カントは、人間の道徳が成立するためには「①霊魂の不滅」「②神の存在」「③自由意志の存在」が必要だと主張しました。

これらを専門用語で「実践理性の要請」と言います。

 

道徳を成立させるために(理論上)自由意志の存在が必要であるというだけではありません。

「自由意志などない」という信念は実際に人間の倫理に悪影響を与えるようです。

神経科学者のジョナサン・スクーラーは、自由意志が人間の倫理観に与える影響を調べる心理学実験を行っています。

実験の詳細は省きますが、自由意志の存在を肯定するメッセージを見せられた被験者と、自由意志を否定するメッセージを見せられた被験者とでは、後者の被験者の方が多く不正を行ったというのです。

 

もちろん、僕も「自由意志が100パーセントだ」というつもりはありません。どうしたって気分が塞いでしまうことはありますし、どんな状況でも感情をコントロールできるわけでもありませんからね。

でも、どの程度かは人や場合によっていろいろでしょうが、自分で自分の心をコントロールできる余地が少しはないと道徳が破壊されてしまうのは確かです。

 

スピノザはどうか?

スピノザは「自分の哲学を学んで達観した境地になれば悩みはなくなる」と語っています。読者にそう勧めるのですから「よし、スピノザ哲学を学ぶぞ!」という程度の自由意志は認めていたことになります。たぶん……(笑)

 

スピノザ哲学は奥が深いと言うか、簡単に論じられるものではないので、ここでサラッと論評するのはやめたいと思います。

余裕があればいずれ改めて記事にするかもしれません。

ここではいったんスピノザから離れて、「自由意志はあるのかないのか」というテーマに絞って、何回かに分けて論点を整理していきます。

 

「自由意志はない?(2)リベットの実験」では、自由意志が存在しないことを実証したと言われている科学実験を紹介します。

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