心がすべてである理由

雑感

 

突然ですが、お金や健康よりもはるかに大事なものとは何でしょう?

 

もう答えを言ってしまいますが……

それは「」です。

これは「魂」あるいは「精神」と言ってもかまいません。

 

何をナイーブな(青臭い)ことを言っているのか、と感じる人も多いでしょう。

なかには共感してくれる人もいるかもしれませんが、それでも日常生活になると、お金や健康よりも心を強く意識して暮らしている人は少ないのではないでしょうか。

 

例えば、多くの人は銀行残高が少ないこと、血糖値が高いことは気にしても、今日1日の心の状態が悪かったこと(イライラしがちだったとか)はあまり気にしません。

しかしこれは決して「あるべき姿」ではなく、何をさておいても「まずは心の状態を意識せよ」というのが、本来の哲学の教えなのです。

 

このことは決して、人生経験の浅い文学かぶれの理想論ではありません。

哲学的に(ということは論理的・合理的に)考察するならば、「心こそが最重要である」という結論は明瞭であり反駁不可能なのです。

 

心が不幸なら、金も健康も無意味!

 

心が最重要である理由は何か?

それは「人間の幸・不幸を決めるのは、心の状態である」からです。

 

億万長者でお金がワンサカあっても、あるいは筋骨隆々で健康に溢れていても、心の中は常に疑心暗鬼で不安にさいなまれているとするなら、その人は不幸です。

逆のケースはどうか。

心が充実して幸福感に満ちているなら、たとえ貧乏でもその人は幸福です。たとえ病気でもその人は幸福だと言えます。

 

もちろん、だからと言って、お金や健康を軽視していいというわけではありません。

お金や健康は(あくまで一般論ですが)心の状態に影響を与えやすいものだからです。

心の幸福を維持するためにも、あるいはそのためにこそ、お金や健康の問題もきちんとケアしておくべきなのです。

 

だから精神論ばかりでお金や健康をないがしろにするのも、もう一方の誤りだと思います。

しかしそれでも「心が最重要である」という結論は不動なのです。

 

お金や健康は、一般的に心によい影響を与えるからよいものとされているにすぎません。もし反対に、お金や健康が心に悪影響を与えるなら、これらは悪いものともなります。

言い換えるなら、お金や健康は人間の幸福によい影響を与える限りにおいて、間接的に善なるものなのです。

それに対して、よい心の状態とは人間の幸福そのものですから、それは直接的に善なるものです。

つまり、それが悪に転じることは「論理的にあり得ない」ということです。

 

  • なお「ここで言う『心の幸福』とは、単なる快楽や快感であってはならない」という別の論点もありますが、ここでは触れません。

 

心の陶冶にこそ投資すべし

 

視点を変えれば、「心の幸福(充実感・安心感・平静心・慈愛心など)を得るためなら、いくらお金をつぎ込んでも損はない」ということになります。

必要経費は別として、余剰資金の中から自己修養・人格陶冶のために投資することは、最高のお金の使い方です。

一般的には、人格形成に役立つ良書をたくさん読んで教養を磨くことがそうですし、人によっては慈善活動に投資することで人間的に成長することもあるでしょう。

 

もちろん正しい哲学を学ぶことも、こうした素晴らしい人格研鑽の1つの手段です。

例えば、ソクラテスやプラトンの「魂」の哲学を学ぶことによって、死の恐怖を克服し、後半生を心正しく心豊かに生きるヒントを得られるかもしれません。

 

趣味も大事かもしれません。

ゴルフ・高級車・骨董品などにお金を出すにしても、それが心の豊かさにつながるなら悪いことではないでしょう。

しかしそれらはあくまで「間接的な善」でしかなく、「直接的な善」である心の幸福と比較できるものではないのです。

 

心の幸福は人生の究極目的です。絶対的な善です。

心が幸福ならあなたの人生は成功、心が不幸ならあなたの人生は失敗です。

 

何千万円だろうが何億円だろうが、人生そのものを成功させる、失敗人生を逆転させることができるなら安いものです。

あなたが金銭的に余裕があって、趣味などに費やしているなら、お金の使い方を少しだけ再考して、直接的に「心の栄養」になることへの投資をおススメします。

それが人生そのものを成功させる秘訣の1つになると確信しています。

 

 

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