哲学に関心を持った人が、「とりあえず何か哲学書を読んでみよう」と一念発起して、哲学者たちの著作に手を伸ばす……。
そして撃沈する……(笑)
明治時代からずっと、日本中で繰り返されてきた光景だと思われます。
向学心があって、人生や死や愛について考えたくなったのに、難解な哲学書のカベに弾き返され、歴史や文学のほうへ退散する人のなんと多いことでしょうか。
このカベが高すぎるために、日本での哲学読書人口は増えないままです。
数ページ読んで1文たりとも理解不能!
僕も大学生になって哲学を学び始めたときは苦労しました。
哲学者カントの『純粋理性批判』という本にチャレンジしたのですが、まず序文からして、長いわ難しいわでまったく歯が立たない(^ ^ ;)
誇張でもなんでもなく、数ページ読み進めても、その中のただの1文も理解できないということがザラだったのです。
普通、1つの文章が理解できなくても、その前後が分かれば、そこから大体の内容を推測できるものですが、前後もまったく分からないのでお手上げです。
あ、ちなみに、もちろん日本語訳ですよ(笑)
まるで知らない外国語を読んでいるかのように、5ページ読んでも6ページ読んでも、理解できる文章にただの1つも出会わない !!!
ちなみにカントの『純粋理性批判』は、ヘーゲルの『精神現象学』およびハイデガーの『存在と時間』と並んで、「世界3大難解書」と呼ばれていました。
そもそも最初に挑むものではなかったのかもしれませんが……。
青春の貴重な数年間をごっそり浪費した話
仕方ないので専門家の先生方が書いた解説書をひもとくのですが、これはこれで難しいものが多くてゲンナリでした。
- カントの元の文章をふんだんに使って解説している。
- 先生たちもカントに憧れて、カントみたいな文章を書いて自己満足している。
こうした理由で、解説書のくせにカントみたいに難しい。分からない本が1冊増えただけ。解説書が解説の役割を果たしていないんです。
こうした傾向はドイツ哲学の研究者に多いですね。ヘーゲルの文章に心酔していて、こちらが文句を言うと怒り出す人もいました。
専門的な解説書もダメならどうするか?
最後は新書レベルの解説書に行き着きます(僕の学生時代には『サルでもわかる』『●分でわかる』というたぐいの簡易本はまだ少なかった)。
書店の新書コーナーには「カント入門」だとかそんなタイトルの本がいくつかあったので、そこをとっかかりにしました。
カント本人の著作と新書レベルの解説書を、何百回・何千回と往復しながら、何とか読解していったわけです。
そうこうしながら、カントの主要な著作を数冊やっと読み終えたら……。
もうすぐ大学生も終わりじゃんか‼
……というくらい時間が経っていました(><;)
僕の大学時代の貴重な数年間は、ほとんどカントの読解に費やされたのでした。
真の哲学を学ぶ環境がほとんどない
多くの人にとって、1人の哲学者を理解するためだけに何年も集中的に努力するというのは、精神的にも時間的にも困難でしょう。
独学で哲学書を学ぶというのは、なかなか険しい道なのです。
しかしこれまでにお伝えしてきた通り、大学で勉強しようとすると語学と文献学をやらされるだけですし、「サルでもわかる」系の簡易本もダメです。


こうして考えてくると、今の日本には、正統の哲学を学ぼうと志しても、それを叶える環境がほとんどないということが分かります。
正統な哲学、人類の叡智であり続けた哲学、誰にとっても大事な内容を扱う哲学を、そのままバランスよく学べる環境がほとんどないというのが現状なのです。
ささやかながら、僕が運営する初心者向けネット哲学講座「プラトン・アカデミー」は、そんな現状をどうにかしたくて開発を続けているものです。
歴史的に重要とされてきた哲学的テーマを、そのまましっかり取り上げています。
- 大学で勉強するのはムリ。
- 書店によくある簡易本は内容が薄すぎてダメ。
- 哲学者本人の著作や専門の解説書はヘビーすぎて解読不能。
こういった声に応えるべく、「正統で重厚な哲学を、平易な言葉で」をモットーに設計された完全独習型講座です。
もしかすると「魂の糧となりうる正統な哲学を、初心者がゼロからじっくり独学で学べる日本で唯一のコンテンツではないか」と密かに自負しています。
現時点で完成しているのは古代ギリシャ哲学の一部ですが、ぜひ一度、ご案内ページを訪ねてみてください。
真実の智慧によって、あなたの心が豊かになることを祈念しています。
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