ルソー(3)フランス革命への影響

思想の解説

 

前回記事ではルソーの「直接民主制」や「一般意志」の話、そして彼のやや全体主義的な発想について述べました。

ルソー(2)みんなでみんなを支配する ~直接民主制と一般意志~
前回記事ではルソーが文明に対する批判を行い、文明が発生する以前の自然人を理想としたことを見ました。 とは言え、ルソーも今さら原始時代に戻れると思っていたわけではなく、文明とともに生じた悪しき制度(私有財産や身分制など)の弊害を...

 

今回はルソーやその他の啓蒙思想がどのようにフランス革命に影響しているかを見てみたいと思います。

 

人権宣言への貢献

 

フランス革命が始まった1789年、「人権宣言」が発表されています。これは世界の人権思想の発展を考える上で今でも参照される重要なものです。

そこにはロックやルソーたちの思想が色濃く反映されているので、ちょっと確認してみましょう。

例えば……。

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人は生来、自由かつ平等である。⇒ ロック&ルソー

自由・所有権・安全は人間が自然に持っている権利(自然権)である。⇒ ロック

圧政を行う政府なら抵抗することも人々の自然権である。⇒ ロック

主権は国民に存する。⇒ ルソー

信教の自由・思想信条の自由の保障。⇒ ロック

三権分立。⇒ モンテスキュー

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これらについていくつか簡単にコメントしておきます。

圧政を行う政府なら抵抗していいという「抵抗権」は主にロックの思想です。

ルソーも「政府を作り変える」とは言っていますが、「一般意志への服従」という怪しげなことも言っているので、中心的にはロックと考えた方がいいでしょう。

 

所有権についてはロックとルソーの考えが分かれるところです。ロックはこれを重視しますが、ルソーは反対に私有財産を制限しようとする傾向が強い思想家です。

ちなみに革命の途中段階で「1791年憲法」というのが出されていますが、この時点ではフランス革命にも貴族や金持ちが参加していました。

だから彼ら自身の財産を守るために1791年憲法にも「所有権の絶対」が入っています。まだ国王ルイ16世が生きていて、イギリスに似た立憲君主制になっているのも特色です。

革命の初期段階で参画していた資産階級にとってはここで革命が終わってもよかったわけです。しかしそうは行きませんでした(汗)

 

さて人権宣言(1789年)に戻ると「主権在民」はルソーですね。ロックも理論上はそうでしょうが、より明確に打ち出したという意味ではルソーが目立っています。

人権宣言の「信教の自由」「思想信条の自由」はロックからの影響です。

ルソーも「自分は信教の自由を説いている」と思っていたかもしれませんが、「市民宗教」なるものを人々に強制しているので、実態としては違いますね。

 

なおロベスピエールたち急進派が革命の主導権を握り、ルイ16世を処刑した後には「1793年憲法」が発表されています。

このロベスピエールはルソーに心酔していて、1793年憲法はルソー色が強いものになっています。というのも何と「直接民主制」を謳っているからです

前回記事でも述べましたが「直接民主制」とは、選挙で代表を選ぶのではなく民衆が直接集まって法律を決めたりする制度です。町内会以上の規模では実際には無理でしょう。

それよりも注目すべきなのは「奴隷制の廃止」を掲げている点です。これは海外の植民地における黒人の解放を含めた広範なものでした。

思いつきレベルかもしれないとは言え、この段階で白人たち自身が「奴隷制廃止」を言い出していることはやはり画期的です。評価しないのはフェアではないと思います。

 

同憲法ではロック流の「抵抗権」も認められています。ただロベスピエールは抵抗権の扱いには困ったのではないでしょうか。彼の心の内を想像してみると……。

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抵抗権は啓蒙思想の成果そのものだから容認して当然だ。どうだ、私(ロベスピエール)は開明的だろう。

しかし抵抗権ですら認める私のような啓蒙思想の体現者に抵抗する奴だけは許せない。そんな奴は抵抗権を認めるに値しない例外だ。

今、この私への抵抗など認めていたら素晴らしい革命が進まないからな。

あれ? うーん、矛盾かな……。そうだ、平和が到来するまでこの憲法は無期限停止ということにしておこう。

今は緊急事態だから私への抵抗は認められない。うんうん。

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こんな感じで1793年憲法は「平和到来まで無期限停止」となってしまいました(^^;)そして結局、施行されることはなかったのです

 

人権宣言からこの1793年憲法までを概観した印象としては、やはりそこで謳われた理念の一部は人類史において必要なものだったと思います。

これからフランス革命の「負の側面」を見ますが、だからと言ってフランス革命の中で推進された理念まで否定するのは間違っているのではないでしょうか?

 

フランス革命の「ダークサイド」

 

フランス革命に「光」の側面があったことを否定する必要はありませんが、それでも多くの暗黒面(ダークサイド)があったことも紛れもない事実です。

今はどうか分かりませんが、僕たちが中学や高校でフランス革命を教わったときには「輝かしい栄光の歴史!」みたいな感じの扱いだったのを憶えています。

なので大学生になって自分で読書をし始めた時期に、主に保守系の言論人がフランス革命をクソミソに言っているのを目の当たりにして、ちょっと混乱したりしました。

ではフランス革命のどんなところがよく批判されるのか、僕なりにまとめてみます。

 

① 理性万能主義と反宗教性

 

フランス啓蒙思想の影響が強いせいか、フランス革命はやはり「理性万能主義」の色彩が色濃く出ています。

革命では、理性的に考えて「不合理」「不条理」と見なされたものが攻撃されました。その最たるものがカトリック教会です。

例えば聖職者は市民の「選挙」によって選ばれるとされました。カトリックでは聖職者はより上位の聖職者(教皇や司教)が任命するはずなのに、それを否定されたわけです。

さらに教会財産の没収、修道院の解散、教会に納める「十分の一税」廃止など、反カトリック的な政策が推進されました。

 

革命が進んでいた1793年、革命政府は「理性の祭典」というものを挙行しています。

フランス全土で行われましたが無神論的傾向の強いもので、ルソーやヴォルテールの胸像を立て、「自由と理性の女神」を讃えるという意味不明のシロモノでした。

カトリック教会を敵視しながら(ルソーの言う「市民宗教」の影響なのか)国民統合のためには宗教みたいな何かが必要だと考えた結果でしょう。

 

また革命勢力は経済についても理性主義でした。つまり「頭のいいエリートたちが計画的に経済をコントロールすればうまくいく」という統制経済(計画経済)です。

これは「なるべく経済は自由にして、市場のメカニズムに任せる」という自由主義経済の真逆と言えます。

例えば「戦争資金がない!」となれば紙幣・国債を乱発しましたし、それによって「物価が高騰している!」となれば価格を統制するといった感じでした。

物価が上がっている? なら命令して下げればいいじゃないか……というわけです(笑)

経済を中央政府の理性によってコントロールしようとして失敗しているのです。

この点はハイエクなど20世紀の自由主義思想家も批判しています。

 

② 結果平等

 

フランス革命は人々の「平等」を追究しました。

しかしこの「平等」にはいろいろと考えるべきことがあります。

すべての人間には「自由」「基本的人権」が認められます。その意味ではみんな平等です。人種・国籍・民族・性別・家柄・財産による差別は許されません。

これは一般的に「機会の平等」と呼ばれるものですね。その意味で、フランス革命の時代にあった「身分制」のようなものを徐々に解体していくのは歴史の必然だったでしょう。

 

しかしルソーがまさしくそうですが、人々の「現在の経済状況」を同じにしようとする「結果平等」を求めると恐るべき結果を招きます。

人間はそれぞれ才能も努力量も異なります。だから自由にさせれば格差が生じます。自由と格差は表裏一体なのですから、格差の否定は自由の否定と同じなのです。

自然に生じた格差を無理に同じにするなら、それはとてつもない強制力です。財産の平等を掲げる共産主義がどこも恐怖政治になるのはこれが理由でしょう。

 

フランス革命ではこの悪い方の「結果平等」を推進しているのです。

カトリック教会の財産を没収したことはすでに述べました。他にも革命で海外に亡命している貴族の土地を強制的に取り上げて再配分しています。

ただし昔の大土地所有というのは、それをできる人とできない人には「機会の平等」においても大きな差があったでしょう。こうなると一種の「身分制」です。

その意味で「大地主-小作人」という制度の解体そのものは必要だったかもしれません。これについては僕ももう少し勉強したいと思っています。

 

③ 暴力性(大量粛清)

 

もっとも問題になるのは「フランス革命が恐るべき虐殺や粛清を伴った」ということです。

よく知られている通り、フランス革命では王や王妃、その他多くの貴族が処刑されました。

さらに革命は急進化して仲間内での粛清に発展しました。ロベスピエール派が権力を握っている数年間に処刑された人は(諸説あるようですが)2万人とも4万人とも言われています。

 

さらに徴兵のやり方に反発して勃発した「ヴァンデーの農民反乱」を鎮圧する際にも虐殺が起きています。

正確な数は分かりませんが犠牲者15万人説や40万人説があるようです。とにかく戦闘員だけではなく女性や子どもを含めてすごい数の人が革命政府によって虐殺されたのは確かです。

他にもリヨンやトゥーロンで革命政府に対する反乱が起きましたが、政府はこれを鎮圧した後に(戦いが終わった後に!)数千人を処刑しています。

 

フランス革命時代のこういう政治が「テルール」(恐怖)と呼ばれたことから、暴力によって政治目的を達成することを「テロ」と表現するようになったのです。

 

共産主義の先駆け

 

フランス革命のダークサイドを、①理性万能主義(反宗教性)、②結果平等主義、③暴力性、としてまとめてみました。

このうち①理性万能(反宗教)というのはフランス啓蒙思想の主流派、そして②結果平等に関してはルソーの影響が感じられます。

③暴力性に関しては「結果平等を求めると自ずと暴力的になる」ということもありますが、ルソー特有の急進性も加わっているかもしれません。

 

こうして見てくると、これは共産主義の先駆けであることが分かります。

共産主義者のマルクスはルソーからも多くを学んでいるので、「ルソーの危ない遺伝子」が受け継がれた面もあるのかもしれないと思います。

共産主義そのものの誤りについては以前にまとめたことがあるのでご参照下さい。

マルクス(3)共産主義がダメな理由-前編
前回「マルクス(2)資本主義、崩壊せず」では、マルクスの資本主義への批判がことごとく外れていたことを見ました。 資本主義はマルクスが予言したようには崩壊しなかったのです。 では、マルクスが主張した共産主義(社会主義)の革命を実現...

 

ただ上でも述べましたが、啓蒙思想やフランス革命で鼓吹された「自由」「人権」などの理念そのものは人類にとって必要なものでした。

しかしこれが実現していく過程で多くの虐殺や粛清が行われたのは「歴史の逆説」と言うか「皮肉」と言うか、大変悲しいことです。

ドイツの思想家ヘーゲルもフランス革命を分析して「歴史は一直線には進展しない。予期せぬものを生み出し、それを克服しながら進む」という考えを深めたようです。

 

いずれにせよ「フランス革命をどう評価するか」ということは、共産主義(社会主義)の評価とも絡んで、現代の僕たちにとっても現在進行形の課題となっています。

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